INTERVIEW

2019.06.5

ものづくりの人々。[プリンティングディレクター 冨永 志津さん/第3回]

ひとつの物が完成するまでの過程には、さまざまな人がかかわっています。
彼らは日々、何を考え、制作の現場に向き合っているのか。
あらゆる方々へのインタビューを通して、
今の時代において、人々がものづくりで大切にしていることを探ります。

 

冨永志津

とみなが・しづ/1985年、広島県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。2008年、凸版印刷株式会社入社。大学の課外授業で凸版印刷へ見学に訪れた際にプリンティングディレクター(PD)の仕事を知り、興味を持ったことが入社のきっかけとなった。漫画・イラスト、写真集、女性誌など出版の仕事を中心に、化粧品会社やイベント関連の印刷物などの製造フローを統括する仕事も手がける。PD歴12年。

第3回 指名されることの責任とよろこびと。

冨永 化粧品のカタログなど、実物に対して正確に色を再現させるという仕事もあって、高精度のクオリティが求められます。そういう仕事を経験すると、わずかな色の差異にも気づくようになります。
‥‥今の私、網点(*)が見えるんですよ。裸眼で。

*網点:印刷物は小さな点の集合で絵柄を表現している。点が小さく密度が低いほど色は薄く、点が大きく密度が高いほど色は濃くなる。

え? どういうことですか?

冨永 ふふ(笑)。プリンティングディレクター(以下PD)ってみんなそうなんですよ。新人の頃はまだわからないのですが、2、3年たつと50%より薄いのか濃いのかが見えてきます。今はもう、パッと見たら1%刻みで読めますね。だいたい誤差3%で当たるんですよ。

すごい(笑)。でも、そんなに細かく見えるようになったら、色校のチェックが延々と終わらなくなってしまいませんか?

冨永 赤字の入れ方でいうと、私個人の考え方では、どれだけ少ない赤字で効率的に画像を修正するか、に尽きます。なので、私は赤字が少ないんですよ。

実際、どうやっているのですか?

冨永 まず、写真一点一点に対して、細部で見るのか、俯瞰で見るのかを決めます。基本的には俯瞰です。写真全体で、どうしたいのかを捉えて赤字を入れる。それで、どうしてもここだけは、というものがあったら、そこで初めて細部へ赤字を入れる、というやり方にしています。

冨永 思えば、新人の頃はたくさん赤字を入れていたかもしれません。昔は、色見本、つまり現物ですね、それと色校との差異を見つけて、事細かに赤字を書き込んでいました。
でも今は、品質を一任される仕事も多く、写真でもイラストでも、「見せたいのはここ」と押さえるべきポイントがわかるんです。そうすると、自然と赤字も減っていきます。もちろん今でも色見本は尊重しますし、先ほど話した化粧品カタログのように、色見本を厳守する仕事もありますけれど。

押さえるポイントというのは、どんなところで判断するのですか?

冨永 例えば、青空の下に女の子が立っている写真があるとします。主役は女の子なので、青空の色味をいくら派手にしてもしょうがないですよね。女の子をしっかりと見せるためには、逆に青空の色味を抑えなければならない場合もあるわけです。
何年も仕事を一緒にしている相手だと、そのあたりの感覚もツーカーでやり取りできますね。

そういうところにも、経験の差が出るのですね。

冨永 そうですね。それと、PDとして経験を積んでくると指名で仕事を受けるようになります。

PDの世界には指名、というものがあるのですか。

冨永 はい。それがPDのひとつの評価軸でもあります。ありがたいことに、今、私の仕事は8割以上が指名です。指名してくださる方に対しては、この会社に頼んでよかったと思えるような仕事を返さなければなりません。自分の腕にかかってくることですから、腕が鈍らないように、とは常に思っています。

実力が試される世界なのですね。憧れの先輩はいますか?

冨永 先輩方はみんな実力派ですが、女性で、憧れの存在がいました。いました、と過去形なのは、異動されて今は別の仕事をしているからです。
その方は、有名なデザイナーさんや写真家を担当していて、どんな印刷設計で作り上げていくかを、自ら積極的に提案していました。相手のためになることであれば、作業負荷がかかるとかはいったん脇に置いて、新しいもの、尖ったものを提案する。そういう考え方は、そばにいて影響を受けました。

実際、PDは現場の人と接することのほうが多いので、いかに効率的に印刷を回すかを考えることが多いです。もちろんそれも大事なことなのですが、よりよい、尖ったものを作るためには、「お願いします」と現場の人に頭を下げる場面がやっぱりあるんです。だから、その方も裏ではすごく苦労していたんじゃないかな、と思いますね。

PDはやはり裏方の仕事でしょうか。

冨永 もちろん。主役はデザイナーさんや営業です。それに、こういったインタビューの場では特殊な印刷技法を使った仕事を話すことが多いので、PDは華やかな職業だと思われがちですが、実際はちがいますよ。それこそ、効率よく回す仕事だってたくさんやっています。
ただ、どんな仕事であっても、見てくれる人は見てくれているんだな、と感じることもあります。あるデザイナーさんに、「今回はPDの仕事がとてもよかったから」と本の奥付に名前を入れてもらえたことがあったんです。自分の仕事が認められたんだな、って素直にうれしかったですね。

そういうところに、仕事の小さなよろこびがあるのですね。

冨永 あとは、事故なく無事に納品できた時にほっとしますね。製品になって仕上がってきたものにはかならず目を通しますが、そこでようやく安心できるのです。

冨永さん自身は、どんなPDになりたいと思っていますか?

冨永 今、印刷物自体の需要が減っていますが、PDという存在がいることで、少しでも歯止めがかかればいいな、と思います。
私はそもそも印刷が好きでこの会社に入社したのですが、この会社には、営業にも企画にも、やっぱり印刷が好きという人が多くて。みなさん、印刷のおもしろさが伝わるように、試行錯誤をして仕事をしています。そういう中にいますから、私も尽力して、印刷文化を少しでも豊かにできたらな、と願っています。

(終わります)
インタビューは2019年4月23日に行われました。

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冨永さんが参加する展覧会「グラフィックトライアル2019」が開催中!

7月15日(月・祝)まで、「印刷博物館P&Pギャラリー」で冨永さんがPDとして参加した展覧会「グラフィックトライアル2019」が開催されています。
「グラフィックトライアル」は、グラフィックデザインと印刷表現の関係を深く追求し、新しい表現を模索・獲得するための試みで、第一線で活躍するクリエイターと凸版印刷のPDが協力し合い、さまざまな印刷表現に挑戦しています。
インタビュー中に出てきた冨永さん担当の「見えない印刷」は、実際にブラックライトを当てて体験できます(展示室の明るい部屋でも見ることはできますが、毎週水曜と金曜の14:30にはギャラリーが1分間消灯され、色濃く光る、本来の姿で見ることができます)。ぜひ、足を運んでみてくださいね。

グラフィックトライアル2019
会期:2019年4月13日(土)~7月15日(月・祝)※終了しました。
時間:10:00~18:00
休館日:毎週月曜日(ただし4月29日、5月6日、7月15日は開館)、4月30日(火・祝)、5月7日(火)
場所:印刷博物館P&Pギャラリー
住所:東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川ビル
入場料:無料(印刷博物館本展示場は入場料必要)
詳しくは、ギャラリーのホームページをご覧ください。
https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/graphictrial/2019/#Top

目次
・第1回 見えない印刷の、見えない仕事。 2019.6.3
・第2回 しつこく、ちゃんと聞く。 2019.6.4
・第3回 指名されることの責任とよろこびと。 2019.6.5

Photo/國領翔太 Text/諏訪美香