INTERVIEW

2019.06.3

ものづくりの人々。[プリンティングディレクター 冨永 志津さん/第1回]

ひとつの物が完成するまでの過程には、さまざまな人がかかわっています。
彼らは日々、何を考え、制作の現場に向き合っているのか。
あらゆる方々へのインタビューを通して、
今の時代において、人々がものづくりで大切にしていることを探ります。

 

冨永志津

とみなが・しづ/1985年、広島県生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業。2008年、凸版印刷株式会社入社。大学の課外授業で凸版印刷へ見学に訪れた際にプリンティングディレクター(PD)の仕事を知り、興味を持ったことが入社のきっかけとなった。漫画・イラスト、写真集、女性誌など出版の仕事を中心に、化粧品会社やイベント関連の印刷物などの製造フローを統括する仕事も手がける。PD歴12年。

第1回 見えない印刷の、見えない仕事。

冨永さんは、「グラフィックトライアル」という展覧会*に、プリンティングディレクター(以下PD)として参加しています。

*この展覧会は終了しました。

冨永 はい。担当したデザイナーは髙田唯さんで、今日はその作品を持ってきました。一見すると白黒のポスターなのですが、部屋の電気を消してブラックライトを当てると‥‥。

わぁ。色と文字が浮かび上がりました。

冨永 「見えない印刷」というテーマで、蛍光メジウムという発光するインキを使って、このような仕掛けを作りました。実はこのポスター、見えないところでとことん手をかけている、努力の結晶のような作品です。

どんなところが大変でしたか?

冨永 この蛍光メジウムというインキが、無色透明だったことが一番の課題でした。つまり、透明なインキに対してどうやったら版ズレ*しないで刷れるか、という。

*版ズレ:通常のカラー印刷は、CMYKの4色(シアン・マゼンタ・イエロー・ブラック)でそれぞれ別の版を用意して色を重ねて表現する。版の位置合わせが適性でないと、各版の色がずれて印刷されてしまう。

冨永 通常の印刷は、見当合わせのためにトンボという目印を刷るのですが、インキが透明なので、当然、トンボも透明になってしまいました

それだと見当を合わせようがないですね。

冨永 ええ。現場のオペレーターと解決策をいくつも考えて。結局、各版の隅に綿棒で黒のインクを付けて目印にしよう、と落ち着きました。一版ずつ、手作業で行ったんです。

冨永 ほかにも、地道な作業が隠れているんですよ。通常の印刷では、インキの膜厚といって、インキがどのくらいの厚みで紙に刷られるのかを計測します。蛍光メジウムは膜厚が厚いほど色が濃くなるという特徴があるのですが、透明なので計ることができません。
なので、頼れるのは自分の目だけ。もっとインキを盛ったほうがよさそうだとか、盛りすぎかなとか、毎回、目視で計算していました。

はぁー、すごい。職人的ですね。

冨永 紙の影響もありました。このポスターはOKプリンス上質という、いわばコピー用紙と同じ紙を使っているのですが、伸縮が生じやすいんです。紙って、天候や湿度によって伸縮をくり返しているものなんです。この微妙な差異も、版ズレに影響します。

冨永 しかも、このポスターは版を替えて各色6回刷っているので、作業は1日に1版、つまり1枚のポスターを完成させるのに1週間は必要でした。その間、紙は呼吸し続けています。なので、「今日は見当が入らない」という状況もありました。

困難な条件が重なっていたのですね。

冨永 ここまで目視の力を発揮させたのは、さすがに初めてでしたね(笑)。ひたすら印刷立ち会いをして、OKかどうかを私がPDとして判断する。そのくりかえしでした。
ほかにもマニアックなことを話すと、グラデーションの表現も、ただ印刷しているわけではないんですよ。1ピクセルという微細な単位であえてノイズを入れて、美しいグラデーションができるように調整しています。

裏側では、人の手によってそんな細かな調整が行われていたのですか。それを知ってからポスターを見ると‥‥込みあげてくるものがあります。

冨永 私が初めてグラフィックトライアルに参加したのは5年前でした。デザイナーは長嶋りかこさんで、テーマは「そのものが持っている質感をどうやって出すか」でした。
油性ペン、墨汁、アクリル絵の具、鉛筆、ボールペンの5種類で描かれた原画を長嶋さんから渡されて、「それぞれの質感のちがいを出してほしい」と課題をもらいました。PDとしていいものを返そう、と気合が入りましたね。

どんなことから始めたのでしょうか?

冨永 まずは質感の観察です。例えば、墨汁で描かれたものは、和紙に墨が吸収されてなじんだ部分と、乾かずに水分を含んだままの部分に分かれます。乾いていない部分は、和紙の上に墨がたまり、漆のような艶やかさがあるんです。
この2層のちがいを表現できれば墨汁の質感を出せると考え、印刷設計のアイデアを紙に書き出しました。

印刷のための設計書、というものがあるのですね。

冨永 はい。現場への指示書になるものです。それをもとに現場の方と相談して、テスト印刷に入ります。スクリーンの角度はどう振るかとか、線数はどうするかとか‥‥。
「分解時、光の当て方を片光にして、調子が更に拾えるようにしてください」と書いてありますね。そういうところまで細かく詰めて調整して、質感の表現に落とし込んでいきました。

現場の方とも多く打ち合わせをするのですね。

冨永 現場とのコミュニケーションは大切です。普段の仕事にも共通しますが、入れた指示に対して、その意図をちゃんと伝えます。理由が明確になっていないと、現場の人も作業に困ってしまいますから。
そしてテスト印刷を長嶋さんと一緒に見ながら、「この雰囲気はいいね」とか「これはやめておこう」と方向性を絞っていきました。会話の中にもアイデアの種が転がっていて、そこからブラッシュアップを行い完成させたのです。

本当に描いたようです。印刷って、こんなことも表現できるのですね。

冨永 はい。手探りの大変さはありましたが、振り返ってみれば、ゼロから自分で設計して作り上げたこの経験は、PDとして自分の成長につながったんじゃないかな、って思います。

通常の仕事では、冨永さんはどんな様子なのですか?

冨永 そうですね‥‥。もう、ひたすらしゃべっています。

第2回へ

冨永さんが参加する展覧会「グラフィックトライアル2019」が開催中!

7月15日(月・祝)まで、「印刷博物館P&Pギャラリー」で冨永さんがPDとして参加した展覧会「グラフィックトライアル2019」が開催されています。
「グラフィックトライアル」は、グラフィックデザインと印刷表現の関係を深く追求し、新しい表現を模索・獲得するための試みで、第一線で活躍するクリエイターと凸版印刷のPDが協力し合い、さまざまな印刷表現に挑戦しています。
インタビュー中に出てきた冨永さん担当の「見えない印刷」は、実際にブラックライトを当てて体験できます(展示室の明るい部屋でも見ることはできますが、毎週水曜と金曜の14:30にはギャラリーが1分間消灯され、色濃く光る、本来の姿で見ることができます)。ぜひ、足を運んでみてくださいね。

グラフィックトライアル2019
会期:2019年4月13日(土)~7月15日(月・祝)※終了しました。
時間:10:00~18:00
休館日:毎週月曜日(ただし4月29日、5月6日、7月15日は開館)、4月30日(火・祝)、5月7日(火)
場所:印刷博物館P&Pギャラリー
住所:東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川ビル
入場料:無料(印刷博物館本展示場は入場料必要)
詳しくは、ギャラリーのホームページをご覧ください。
https://www.toppan.co.jp/biz/gainfo/graphictrial/2019/#Top

目次
・第1回 見えない印刷の、見えない仕事。 2019.6.3
・第2回 しつこく、ちゃんと聞く。 2019.6.4
・第3回 指名されることの責任とよろこびと。 2019.6.5

Photo/國領翔太 Text/諏訪美香